亀寿司

亀寿司

気がつけば季節が変わっていて、時間の速さに年々驚くばかりだけれど
この春を境に新しいお店などができて選択肢が増えて喜んでいる反面、 閉められたところもちらほらと。
その中のひとつ、自分の中で大切に思っていた場所もお店を閉じられてしまった。           家族、仕事先の人達、友人、そして大切な人と一緒に、お祝いや忘年会などと理由をつけ足を運んでは   お寿司を堪能した大切なお店。

幼稚園か小学生になったばかりの頃、父と二人で出かけた帰り道に                  連れて行ってもらったお寿司屋さんが亀寿司だった。

2階のほとんど人がいないカウンターに父と二人腰をかけ、目の前には気難しそうな職人さん。      父はよく来ているようで、慣れた様子で次々と注文していく。
自分は初めてのお寿司屋さんで勝手が分からないまま、父から何を頼むのかと急かされ
目の前で注文を待つ職人さんに気圧されて何を食べたのかは全然覚えていない。            ただ2階の窓から入る柔らかな、夕方前のほんのひと時のキラキラした太陽の光が、
まだ電灯の点かない店内の光と影の対比がとても美しくてぼんやり眺めていたのだけは良く覚えている。

年齢をかさね、お寿司といえば亀寿司と足を運んだ。
店内はいつも活気にあふれ、皆ぎゅうぎゅうに座りながらお寿司を愉しんでいる。
行くたびに入口の木枠の硝子扉、石の階段、厚みのあるカウンター、甲羅を型取った壁面の模様、
そして初めて座った2階のカウンターも子供の頃の記憶と変わらず残っているのを確認しては何故かホッとした。

あてとビールを頼み、お寿司は順番など考えず好きなものを注文していく。
伝票代わりのカラフルなプラスチックの板が目の前にどんどん積みあがる。
ゲソ、ハマチ、シマアジ、サーモン、つぶ貝、あわび肝焼き、一番最後は好物のイクラと中トロを注文する。亀寿司のイクラは小判型の軍艦ではなく丸い円柱型でとても可愛いらしい。中トロと交互に楽しみ最後はイクラでおしまい。

近年では海外のお客さんが増え行列が年々長くなっていき、2時間待ちが常になり、諦めて隣のお寿司屋さんに行く事が増えていたところ、突然の閉店の知らせを知りもの凄くビックリしてしまった。

閉店した亀寿司に先日足を運んでみると、常に人が並び活気にあふれていた店にはもう誰もいない。
2階の窓辺に職人さんの白衣がかけられ、中を覗くと店内はピカピカに磨き上げられていて
皆が来るのを待っているようにも見えた。

いつまでもあると思っていた大切な場所がまた一つ消えてしまった。
ありがとう。ごちそうさまでした。